オランウータンとの1年半

旧飼育ブログ

こんにちは。オランウータン担当です。

 

オランウータンの飼育担当になって、約1年半が経ちました。

この間“動物好き”と言いながらも、全く知らなかったオランウータンの生態や魅力、

飼育する上での苦労など、たくさんの学びがありましたので、長くなりますが紹介したいと思います。

普段は伝わり辛いオランウータンの魅力や、飼育員の仕事について興味を持っていただければと思います。

 

 

 

 

一応自己紹介をしておきますと、私は飼育員6年目の女です!

 

 

 

 

 

 

1.出会い

2018年10月の担当変えにより、それまでなかよし牧場を担当していた私はオランウータン・ハ虫類担当になりました。約1週間前に発表された突然の担当変えで、しかも私は出張中の北海道!電車の中でそのことを知らされ、心臓がバクバクしたのを鮮明に覚えています。命の重さや、飼育の難しさに優劣をつけるわけではありませんが、飼育方法が確立されていて繁殖も容易な家畜(ヒツジ、ブタなど)に比べ、知能が高く、希少な野生動物であるオランウータンを担当できるということは、有り難く、楽しみである一方、緊張とプレッシャーも感じました。類人猿(オランウータン、チンパンジーなど)を飼育する場合、賢く、よく考えていて、人間より年上の場合もあったり、環境の変化に敏感であったりすることから、担当変えは慎重に行われ飼育員でも数年の副担当を経て、先輩に教わりながら修行を積んで晴れて担当に!というのが一般的な流れだと私は思っていたので、「いやいや?本当に私でオランウータンは大丈夫なん???」とびっくりしました。そんな不安もありつつ、オランウータンと初対面!ウラン(メス)は私の顔を鼻と鼻がくっつきそうな距離で観察。その後、毛づくろいをしてあげると、ずっと横になってじっとしていました。ウータン(オス)は、優しい瞳でそっと野菜を受け取ってくれました。2日目くらいからは、私に気後れすることなく、次の野菜をちょうだい!とばかりに、枝のプレゼントをくれました。手を差し出しスキンシップもしてくれます(手を握ると明らかにウータンの力が強いので、自分の手が帰って来ない可能性があるんですけどね。笑)。類人猿の担当になったばかりの飼育員は、見下されて唾や水、ウンコをかけられたり、試されて意地悪されたりするという噂を聞いていたので、2頭の友好的な態度に心底安心しました。また、2頭が初対面の人間に友好的なのは、今まで担当してきた方々が、意地悪することなくたくさんの愛を注いで、まっすぐに育ててくださったおかげだと、今になって思っています(意地悪する類人猿の担当者がみんな類人猿をいじめていたという訳じゃないですよ!)。

 

 

 

 

2018年12月のウラン

 

 

 

 

 

2.ウータンの収容

動物園では、動物を獣舎(室内)に入れることを『収容する』と言います。獣舎と放飼場(ほうしじょう・外の展示場)がある動物の場合、朝に獣舎から放飼場へ出して、夕方に獣舎へ収容するというのが一般的な流れです。私が今まで担当してきた動物は、それぞれの行き先に餌を置いておけば、条件付けのようなもので、簡単にそれぞれの場所を行き来します。というか、この流れについてオランウータンを担当するまで、深く考えたことがありませんでした。

 

 

オランウータンの場合、例えばウラン。朝から、オランウータン舎の近くへ大型のトラックが入ってきたり、草刈り機の音が聞こえてきたりする時があります。そんな日は獣舎の扉を開けて外に出るように促しても、ウランは外に出ないどころか、夜間に使っているハンモックからも出ないことがあります。外から聞こえてくる音や、窓から見える景色から判断して、今日は何かいつもと様子が違うということに気づいているようです。そして、危険がありそうだから出ないのです。というのも、オランウータンは野生では樹上で生活している動物で、高さ10〜50メートルの木々を移動しながら暮らしています。比較的身体が大きい動物ですので、自分の重さに耐えられる枝を選びながら生活しています。もし落ちてしまえば、死ぬこともあります。ですので失敗は許されない、よく考え危険なことはやめておくような性質を持っています。とってもとっても慎重でよく考える動物です。そんなことから、ウランが外に出ないから展示することができないということもたまにあります。また、気分が乗らないから外に出たくない!というような日もあります。「昨日人間があんまり遊んでくれなかったからつまんなかった・・」「曇りで寒いから出たくない・・」など、いろいろ考えているのだと思います。そんな時には、時間をとってたっぷり遊んであげたり、新しいおもちゃをあげたり、時には甘いフルーツをあげたり・・と試行錯誤しながら、ウランのご機嫌をとっています。

 

 

 

ウータンの場合は、室内よりも外が好きです。というか、室内があまり好きではないのかなと感じています。外にいればなんとなく安心できるようで、大きな音がしたり、知らない人の声がしたりすると、とりあえず外!外に出とく!という感じです。そんなウータンですから、収容がなかなかうまくいきません。暗くなっても、お腹が空いても、何回入り口から室内をのぞいても、しっかりと中に入るのにはとても時間がかかります。ウータンは4年前に当園へやって来たのですが、最初は全く室内には入らずにずっと外で暮らし、前担当者の試行錯誤の末、私が担当になる半年ほど前にようやく夕方に室内に帰れるようになったところでした。とは言っても、その収容のやり方はとても特殊なもので、扉を開けた担当者は一旦オランウータン舎を離れ、隠れて遠くから見守り、入室を確認すると扉を閉めに行く、というような方法でした。熱帯に住むオランウータンにとって、気温が下がる日本の夜に外にいるのは命の危険がありますし、防犯の面やその他のことを考えても、まず室内→外→室内というようなリズムを作っていくための、ウータンが受け入れてくれる最善の策がこのような方法でした。そして、まず私が担当になった最初の頃は、前担当者に教わったように同じ方法で収容をしていました。しかし、オランウータンは人を見ているもので、私が担当になってしばらくすると、なんと室内に入った後、私が扉を閉める前に、中にある餌をとって、すぐに外に出て行ってしまうようになったのです。これではいけないということで、ウータンが入室してすぐに扉を閉めることができるよう、私は獣舎の中にいて待つことにしました。しかし、ウータンは人間がいる獣舎に入ることができなかったため、私は息を潜め、照明も付けずにじっと待ち、ウータンが入室したと同時に、あたかもいま獣舎に入って来たよという感じで扉を閉めていました。これは人間側の話になりますが、この収容のやり方、めっちゃくっちゃ辛かったです。扉を開けてから、ウータンが入室するまで30分の時もあれば、4時間以上の時もあります。その間、片時もモニターから目を離さず、ウータンが入って来たことにすぐに気づけるようにスタンバイしつつ(ウータンはとても静かに入ってきます)、絶対に咳やくしゃみをしてウータンに気づかれてはいけない(隠れているとバレると入室しないどころか、信用を失うことになってしまう)、トイレも行けない・・と多分ウータンも収容が憂鬱だったと思いますが、私も収容が憂鬱でした。失敗して、ウータンが餌を取って出て行ったこともありました。しかし、本来なら失敗は許されないのです。ウータンが餌を取ることが出来るんだと気づけば、どんどん学習して外に出るようになり、ますます帰らないことを助長してしまいます。収容を失敗した日には、オランウータン舎で一人絶望していました。そんなこんなで、この収容方法を定番としつつ、平行してウータンの室内嫌いを改善することにも取り組みました。これまでは、朝の5分ほどと夕方の10分ほどしか、担当者とウータンが一緒に室内にいる時間がなかったため、この時間を伸ばし、慣れてもらおうということで、『ウータンの朝活』と名付け、朝にウータンの好きな食べ物を少しづつ与えながら、一緒に過ごす時間を作ることにしました。最初は、一瞬食べ物を与えるだけやいつもの作業中に一歩立ち止まるだけ、のところから始めました。数ヶ月間毎日続けるうちに最初はおびえていたウータンも慣れて来たようで、時間を徐々に伸ばすことができ、わざと大きな音を出しても怖がらなくなったり、食べ物を持って呼ぶと室内で少し移動できたりするようになって来ました。そして、朝活によって室内でもだいぶ落ち着いて来たと感じられるようになったため、とうとう収容方法を変えることにしました(細かく書くと、照明のスイッチを一つずつ増やしていったり、置いている餌を一つずつ減らして手渡しに変えて行ったり、と本当に徐々になんですが、とても長くなるので・・)。大きく変えたのは今年の3月からで、隠れずに待つ方法を始めました。私自身も、もう大丈夫と感じた日から始めたのですが、ウータンが入る部屋の前に、偉そうに座ってひたすら待ちました。意外にもすんなりと入ったウータンは、ハンモックにすっぽり入り、もう閉めて!餌ください!というような顔。ウータンを褒めちぎりつつ扉を閉めました。その日から、私も副担当者も部屋の前に座って、ウータンを待てるようになり、咳もくしゃみもし放題!(笑)(類人猿は人間の病気が移りやすいので十分な注意が必要です)何より、ウータン自身が、「閉められるけど部屋に入る」ということを、納得してできるようになったことはかなり大きな進歩だと思っています。

 

 

 

ハンモックに入って夕餌を食べるウータン(2019年4月)

 

 

 

 

 

 

3.フランジとロングコール

オランウータンの特徴として面白いのが、オスの中でフランジという頰に出っ張りがある個体(フランジオス)とない個体(アンフランジオス)がいることです。フランジは自分が強いオスだと自覚すると発達し、身体も立派になり、ロングコールという縄張りを主張したり、メスを呼んでいたりすると言われる大きな声が出るようになります。野生ではオスでも一生フランジが発達しない個体もいるそうです。しかし、動物園の場合はちょっと違っていて、ほとんどのオスが1頭で飼育されているため、みんなフランジが発達するそうです(2頭の場合はどちらかが抑制される)。当園にウータンが来た12歳の時、ウータンはまだフランジは出ていませんでした。身体もほっそりして青年という感じでした。こちらは2017年11月14歳のころの写真です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、当園で生活するにつれ少しずつフランジが発達してきました。ウータンのお父さんであるイーバンは四角形のフランジをしていますが、ウータンの場合はまた違う形をしています。野生でも色々なフランジをしたオスがいるそうです。ウータンのフランジはまだ大きくなっている途中なので、どんな形になるのかすごく楽しみです。先ほども触れましたが、オランウータンのフランジは「周りのやつらより強い」と思ったら発達するそうです。つまり、ウータンのフランジを発達させるには、ウータンに自信を持たせ、「オレは強い」と思わせなくてはならないと考えています。興味深いことにオランウータンは人間を隣人だと認識しているのでしょうか?担当飼育員が男性だとフランジの発達が抑制せれることもあるようです。私の前の担当者は男性で(非常に優しい方なのですが)、ウータンのフランジの発達はゆっくりだったようです。そして、私が担当になると、私は女ですからライバルではないと思ったようで以前よりフランジの発達が早くなりました。加えて昨年の後半頃から、喉袋といって喉の下にあるたるみも大きくなってきました。ロングコールをする際にここを共鳴させて大きな音を出すようです。そして、なんと今年4月後半、臨時休園中の静かな園内に「ブオーブオー」というような声がかすかに聞こえました。もしかして?とウータンを見に行くと、普通の顔をして座っています。聞き間違えだと思いました。何日か後にまた聞こえて来た時は、新ライオン舎に引っ越して来たライオンの声かと思いました。そしてさらに数日後、ウータンは私が少し見えるところにいる時にロングコールをしました!!感動です!!やっぱりウータンだったんだ!!終わったのを見計らってウータンを褒め讃え、ちょっと美味しいものをあげて、ルンルンしていたら、ウータンも機嫌が良かったようで、その日の収容はかなり早めに終わりました。ウータンらしく(?)控えめな声でしたが、多分まだ練習が必要なんだと思います。この日が5月5日。この日付近からほぼ毎日ロングコールの練習をしています。ウータンにはもっともっと自信を持って楽しく暮らして欲しいですし、その助けを少しでも出来ればと思っています。

 

 

 

フランジが立派になり喉袋も出てきたウータン(2020年4月)

 

 

 

 

 

 

 

4.ペアリング

日本にいるスマトラオランウータンは現在11個頭。血縁の関係や年齢により繁殖できる個体は多くありません。その中で、当園にいるウラン15歳とウータン16歳は血縁もなく、繁殖に適した年齢であることから2頭の繁殖が望まれています。また、動物福祉の観点からしても、オスとメスで出会い、交尾をし、メスは子育てを行うということは、必要な行動であると考えられます。実際、ウータンはブリーディングローンといって、繁殖を目的として市川市動植物園より借り受けている個体です。日本のスマトラオランウータン界を背負った2頭!もう繁殖しないわけにはいきません。が、これも簡単なことではありません。当園のウランは4歳の頃に母親を無くし(野生のオランウータンは7歳くらいまで母親と一緒にいます)、それっきり10年弱オランウータンを見たことがありませんでした。人間に育てられたため、ちょっと人間っぽいところがあり、今まで見ることができなかったオランウータンのウータンに興味津々です。一方ウータンは引っ越しという大きな環境の変化や、お父さんやお母さんが強気な性格だったせいか、臆病な面があります。そんなウータンにウランがちょっと人間チックに興味を示してグイグイ行くので、なかなかラブラブというわけにはいきません。限られた環境の中で、根気よく、いい距離で、2頭を仲良しにさせるのが飼育員の役目です。と言っても、私が担当になってからは、少しお互いの顔が見えただけでウータンは怯えたり、ウランは意地でもウータンの方に行きたがったり、といい感じにはならずずっとお互いに見ることができない別室のまま1年が過ぎました。そして、様々なことを考えた結果、去年の10月頃にウータンの放飼場にウランを入れる形で同居をしました。控えめなウータンでも普段いる自分の放飼場なら・・、強気なウランでも今まで行ったことのない場所なら・・と思ったのですが、2頭の立場は変わらず・・。近づかないで欲しい、と言うような音声を出すウータンに向かって、ウランは私と初めて会った時にしたように近距離から覗き込もうとします。お互いに攻撃的になったりはしないのですが、最終的にウランのしつこさを嫌がったようなウータンがウランに噛みつき、ウランは痛さとビックリで部屋に逃げ帰り、ものの5分ほどで同居は終了となりました。ウータンは自分の方が明らかに力があることが分かったであろうにも関わらずその後もしばらく怯え続け、ウランは頭と手に血がポタポタ垂れるほどの傷を作り、オスのオランウータンの怖さを知りました。その後、同じ形での同居を3回ほど試みたのですが、ウータンとウランがお互い同じ空間に行こうとせず、一旦同居は終了という形にしました。今現在は、別の方法で2頭がうまく行くよう、試行錯誤中です。昨年よりフランジが大きくなって、ロングコールもできるようになったウータンなので心情の変化もあるのではないかと期待しています。

 

 

 

誕生日プレゼントのマンゴーを頬張るウラン(2020年4月)

 

 

 

 

 

5.ウランと仲悪くなっちゃった

前述したように、ウータンは控えめで遠慮がちなことから、ウータンとの関係や接し方、遊び方については、たくさん考え悩んできました。その一方、ウランは積極的ですし、ウラン自体が人間の扱いに慣れているので、担当になった当初からあまり悩むこともありませんでした。放っておいてもひとり遊びをし、帰りたくなったら扉を叩いてくれる、本当にわかりやすいオランウータンです。しかし今年の初め頃、ウランと仲が悪くなってしまったことがありました。今まで普通に行っていたトレーニングの時に、わざと私の手を掴んで爪を立ててきたり、噛もうとしてきたり、外へ出したり室内に入れたりするのにも時間がかかるようになってしまいました。きっかけは、ウランの放飼場に丸太を立てたことが始まりだったのですが、ウランがそれに怯えるのは分かるのですが、慣れてくる頃になってもひとりでは楽しそうに遊んでいるのに、私とはギクシャクしたままで、そんな時期が2ヶ月ほど続きました。明確に何かが変わった訳ではありませんが、現在は元の関係に戻りうまく行っています。今にして考えてみるとウランとギクシャクしていた時、副担当の仕事が以前より増えたことで自分自身に余裕がなくなり、ウランとゆっくり向き合う時間が減ってしまったこと、笑顔でウランと接することができなかったことが原因ではないかと思っています。オランウータンは本当によく人間のことを観察しています。先日、外出自粛要請が出た時に、私はしばらく美容院に行かなくていいように自分で髪を切り黒染めした時も、一番に気づいてそれを私に言ってくれたのは人間の同僚ではなく、ウランでした(実際言ってはないですけど、指差して眼差しで訴えてくるんです)。とっても嬉しい反面、自分自身の一挙一動を見逃さないオランウータンを相手にしている間は、もっと自分の行動の一つ一つを見直して行かなければいけないと感じた出来事でした。

 

 

 

 

指でニンゲンに指示を出すウラン(2019年2月)

 

 

 

 

6.これから

そんなこんなでかなり長くなってしまい、オランウータンの話しだけでなく担当者の苦労話しも多くなってしまいましたが、オランウータンは現在この地球上で姿を消しつつある希少な野生動物です。豊橋でスマトラオランウータンを見ることが出来るのは非常にありがたいことですし、私は担当をさせてもらい本当に貴重な経験ができていると思います。このブログをここまで読んでいただいた方々は、もうすでにウランとウータンのことを愛してくださっている方なのではないかと思いますが、地球の大切な宝物であると言っても過言ではない2頭のことを、ぜひ今後ともよろしくお願いいたします。オランウータンという動物の性質上、すべての人が簡単に触れ合ったり、餌を与えたりすることはできませんが、来園の際には少し足を止め笑顔で暖かく2頭に話しかけて頂ければと思います。2頭とも優しい人が大好きです(多分)。そしてとても賢い動物なので相手が好意的に思ってくれているかどうかは分かっているのではないかと思います。さらに機会があれば、この2頭をきっかけに今まさに数が減っていっている野生のオランウータンのことを調べたり、出来ることはないか探してみたりしていただければ幸いです。

 

 

 

野生のスマトラオランウータンの母子

 

 

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

 

オランウータン担当より