世の中、〇〇総選挙とか、△△甲子園とか、様々な分野で人気を争うコンテストが流行っていますね。
実は動物園・水族館業界でもその波が押し寄せてきたことがあります。
2018年春、水族館を中心にヒレアシ甲子園という催しが開催されました。これは全国の水族館、動物園で飼育されている海獣の特徴や性格、行動、仕草などの魅力を競うもので、そのすぐ前にカワウソ総選挙というものもあり、これも内容的には全く同じコンテストでした。最初は「のんほいパーク」のコツメカワウソやゴマフアザラシのことを少しでも知ってもらえるチャンスだという声があり、また、それぞれの担当たちも、自分たちの世話をしている個体の可愛さや特徴を全国の人に知ってほしいとの思いを持っていたようで、参加には前向きで、それぞれエントリーを行いました。 最初に行われたカワウソ総選挙はオスの「ユウ」がエントリー、「ユウ」は仰向けに寝て小石をおなかでジャグリングするという技を待っていました。それを「ユウ」の特技として参加しましたが、コツメカワウソが小石で遊ぶのは、野生個体でも報告されており、それは「ユウ」の特技ではなく、コツメカワウソの習性の一つでした。カワウソ総選挙では、来園者にも電子投票をお願いして、2位から3位というそこそこいい位置をキープしていたのですが、最後に他園に追い上げられ6位という結果に終わりました。
6位に終わったカワウソ総選挙、「ユウ」はせっかく素晴らしい特技を持っているのに本当に残念だった。しかし、ゴマフアザラシの「もなか」は、白目がちょこっと見えるキョロ目がかわいいから、次のヒレアシ甲子園では、絶対上位を狙って見せる。そんな雰囲気が園内に広がっていきました。本来なら、責任者たる私は、この異常な状況に気が付き、コンテスト本来の目的へ回帰させなければならなかったのですが、上位に食い込むという大きな流れに一緒になって邁進することになるのです。
やがて、園内での開催告知、SNSでの情報発信、口コミ等で、のんほいパークや動物達を応援してくださる豊橋市内市外の多くの方々が参加のもと、一大投票合戦が始まりました。
担当飼育員は毎日毎日もなかの様子を投稿します。毎日毎日投票して、追い上げられては引き離すということの繰り返しでした。最終的には3位に食い込み地元紙にも大きく取り上げられました。
しかし、ある日、ある方に言われた言葉に愕然としました。「もなかも何が芸があればもっと上位に行けたのにね」その方は本当に悪気がなくおっしゃっていたと思いますが、その言葉はとても重いものでした。何のために、私たちは「もなか」を飼育しているのでしょうか。コンテストで上位に入るため? 芸を仕込んで人間に喜んでもらうため?
ゾウに柵の向こうから足を出してもらうのは一番大切な足裏のケアを行うため、
ホッキョクグマの檻から手を出してもらうのは肝機能の低下を血液検査で早期発見するため、
そして、ゴマフアザラシの各種トレーニングは体の多くの部分の状況を常に正確に把握するため、
このように、多くの大型獣でトレーニングを行っているけれど、それは全てが彼らの健康管理のためで、採血や治療に必要な最低限のトレーニングで、後は彼らが生きたいようにしてあげる。それが我々の仕事だったはずです。
そして、「もなか」は商品ではなく、かけがいない命なのです。順位なんかつけれない、みんなが大切なかけがえのない命なのです。その命を値踏み、商品のように扱うなんて・・・、一生懸命取り組んだ担当飼育員には本当に申し訳ないことをしてしまいました。彼女たちの「もなか」への愛情は確かなもので、真摯な思いがそこにはありました。そして、もっと経験豊かな園長だったら、こんなことにはならなかったと思うと、とても情けなく残念でした。カワウソ総選挙やヒレアシ甲子園を企画していただいた園館は、動物のことをもっと知ってほしという純粋な思いで企画されたと思います。しかし、それ以後、このコンテストへの参加は辞退させていただいています。
もなかと担当飼育員は今日も、仲良くトレーニングを続けています。いやなことはやらない。いやなときもやらない。飼育員との信頼の中で、自由に生きてもらうことと人間との対等なきずな。
以前からゴマフアザラシ舎の前には、彼らが人間のそばでトレーニングを見せることができる舞台が設置されていました。でも、こんなものずーっと使わなくていいからね。そして、君らのほっこりとした生き方がなによりも私たちの宝物なんだからね。
水中のふたり
この水槽は
君たちの世界
この4次元の時空の中で
君たちはどこにでもいく権利を持ち
そこでは
無限の広がりと
自由な空間があった
水の中では
何でも創造できるはずだった
時間さえ超越したかもしれない
でも、今は、少し制限されているよね
それは、人間とのつながりの中で
君たちと彼女が交わした約束
今日もトレーニングがんばってね